夢の形に泣いちゃった
という「限りなく灰色へ」の歌詞が好きだ。
セカイverだとえななんの歌い方もよい。エモい。
実際、夢の形に泣かされることは多い。
特にこの活動者界隈にいると、表舞台に出ている人、もしくは出ようとしている人をよく目にする。
それは夢を追いかける若者にとっては刺激になるのだろうが、夢を見られる境遇にないわたしにとっては、「夢の形に泣いちゃった」案件でしかなかったりする。
わたしがこれまでの人生で褒められたのは、小中の学祭でやってた演劇とか、たまに代表に選ばれた作文発表会とか、ステージの上で声を出すことだけだったような気がする。例外は学力だろうか。自称進学校のレベルの中ではそこそこ上の方にいた。なんの意味もないけれど。
だからわたしは声を出すこと以外に自信が無い。
声以外を誰かに認められるなんて思っていない。
だから表舞台で声を出せない人生なんて価値がない。そう思っても、そんな世界には行けない。ここには現実がある。一握りの人しか掴めない夢を追いかける余裕はない。狭き門に飛び込む勇気はない。
むしろ、皆が「つまらない」とか「平凡だ」とか言う、普通に就職して普通に働くみたいな、そんな人生すらわたしにとっては"夢"なのだ。
生活力も経済力も、常識すらもない、母曰く「お勉強だけできて何の意味もない子供」にとっては。
現実の世界でつまらない夢を見ながらでも
自分の輝ける舞台に立ち続けたくて
わたしはTwitterに来たけど、
リアルでの音楽活動を勧められたり
それを仄めかす仲間を見ていると
もしかしたらわたしは場違いなところに来ちゃったのかもなあと思うことがある。
夢の形に泣いちゃった。
おわり。